[特集1] 人には聞けない触覚と言語発達のヒミツ

Q. 赤ちゃんにとって、触覚や言語は何の役に立っているのでしょうか?

A. 赤ちゃんにとって、口の触覚はとても重要です。授乳のときもそうですが、口を生まれたときから使いますよね。また、赤ちゃんはよく口にものを入れますが、何をしゃぶっているのかちゃんと知覚しているようなんです。過去の研究で、表面が滑らかなおしゃぶりと、いぼいぼのついたおしゃぶりをしゃぶらせると、いぼいぼがついた方をしゃぶった赤ちゃんたちは、ちゃんといぼいぼのおしゃぶりの方を長くみるということが報告されています(図1)。
親との接触も重要で、赤ちゃんと対面して遊ぶときには、たとえば、母親が赤ちゃんの体に触れず遊ぶということはまずないです。手を握ったりとか、お腹をくすぐったりとか、揺らしたりします。特に、揺らされるのは子供にとって重要で、一歳くらいまでは泣きやませるのが大変なんですが、抱っこして歩くと赤ちゃんの泣く量や心拍数が顕著に低下することがわかっています。ベビーチェアで「スイング」というものがあって、メーカーさんもいかに「うまくスイングさせるか」、たとえば、周期をお母さんの心拍数に近いものにすると泣き止みやすいとか、色々と研究されています。
ただし、人間の子育ては特殊で、猿の子育てだと、小猿は母猿のお腹にくっついたまま24時間ずっと一緒にいますよね。でも、人間の場合、赤ちゃんは放っておいたら死んでしまうのに、母親は家事のときなど、赤ちゃんをちょっと離しておくことがよくあります。その代わり、母親は声かけをすることによって、距離のある子供に対して「私はここにいるから大丈夫」ということを伝えます。触覚の代りをするから、言語が発達した、という考え方もできるんです。

Q. 赤ちゃんって、どんな音から覚え始めるのですか?

A. やっぱり、出しやすい音があって、基本的には母音の「ア」ですね。「ア」がない言語はないって言いますけれど、他の母音は難しいんですね。「ア」と「イ」の発声頻度については、お母さんにアンケートを取ったことがありますが、「イ」は圧倒的に発声が少ないです。日本語で「イ」の音の出現頻度が低いというのがありますし、口の形もあまりはっきりしないので発声しずらいというのもありますね。
「ア」が基本母音で、子音では唇だけで出せる音「マ」とか「パ」とかが発声しやすい。子どもの成長過程ではアンパンマンブームが必ずといっていいほどあるんですけれど、あれはネーミングがすごいいいんですね。音の響きって、子供にとって言いやすいかどうか、聞きやすいかどうかがすごく関係しています。「アンパンマン」は唇や舌をほとんど動かす必要がなくて、口を開け閉めすれば出せる音なんです。

Q. 赤ちゃんの言語発達において、驚いたことはありますか?それに言語差はありますか?

A. 私が凄いなって思うのは、知覚の狭窄化(きょうさくか)、Perceptual narrowingと言うのですけど、赤ちゃんができて、大人ができないことが結構たくさんあります。たとえば、「R」と「L」の聞き取りは、生後半年くらいまでは日本人の子でもできるんですけど(図3)、その後、できなくなっていきます。もちろん、知覚の狭窄化自体は悪いことではなくて、人間が環境に適合していくために必要なんです。
世界の言語の音を集めると、何千種もの音韻があるのですが、ひとつの言語に含まれる音韻の数はそこまで多くありません。日本語は50音しかないし、母音は5つですよね。とてもバラエティが少ない。日本語の使用者は、その音韻の分類を最適化するように知覚の狭窄化がおきます。
一方で、英語は日本語に比べれば、母音や子音の数がたくさんあります。そうすると、英語では聞き分けないといけない音も、日本語では同じ音韻のカテゴリに分類されてしまうんですね。たとえば、「R」も「L」も全部日本語の「ラ」の音になってしまう。英語話者と日本語話者で、最初から耳の構造や脳内処理が違うわけではなくて、育っていく環境によって聞こえが変わっていってしまうってことなんですよね。これは、触覚においても同じことが言えるかもしれなくて、日本語話者には分類できて、英語話者には分類できない触感があるかもしれません(図4,図5、日本語はザラザラ・ジョリジョリと分けて分類するものを英語は両方「Rough」という)。