テクノロジーが変えるミュージアムの空間
内田 まほろ
内田 まほろ

日本科学未来館 展示企画開発課長、キュレーター
アート、テクノロジー、デザインの融合領域を専門として2001年より勤務。2005~06年に文化庁在外研修員として、米MoMAに勤務後、現職。シンボル展示「Geo-Cosmos」を使った「つながり」プロジェクトの他、数多くの企画展を手がける。慶応義塾大学大学院 政策メディア研究科修士。チューリッヒ芸術大学 セノグラフィー(舞台・展示空間学)修士。

科学の視点で世界の今と未来を伝える、日本科学未来館。同館においてさまざまな領域を融合させたユニークな展示を行ってきた、キュレーターの内田まほろさんに、ミュージアムの空間とテクノロジーの関係についてお話を伺いました。

新しいミュージアムの展示は
どんなメディアでも乗せられる“全部盛り”

—日本科学未来館でのお仕事について教えてください。

内田: 私、もともとは言語学が専門で、大学では絵文字の研究をやってたんですよ。一番興味があったのは、広い意味での情報デザインで、それは言語からスタートしているんです。

  日本科学未来館に来たのは、ここに文化的な要素を取り込んでいく役割でした。アートのギャラリーを作ったり、企画展でアーティストとコラボしたり。ここに来て最初の仕事は、5階のカフェ「Miraikan Cafe」を作ることだったんです。

  その後、未来館でテクノロジーとアートのキュレーションなどを手がけていて気がついたことは、ミュージアムという「空間」での展示は、メディアの“ 全部盛り” だということです。例えば、本は紙なので、扱うメディアはテキストと図版だからビジュアルも2Dです。いわゆるコレクションを集める美術館でも並べるものは決まっていて、彫刻があるくらい。現代美術を扱うと映像が入ってくるといった感じですよね。その映像もほとんどは四角いモニターの中に入ってしまいます。

  例えば、未来館は空間全体がキャンバスで、そこに何でも載せられます。その空間で自分の作品を作るように展示をデザインしていくことが、非常に面白いと感じています。さらに、そこにテクノロジーが関わってくると、その空間がどんどん変わってくるという、すごくエキサイティングな分野なんです。


空間体験を収集できるVR技術がミュージアムを変える

—テクノロジーは、展示をどのように変化させていますか?

内田: イギリスで出版される博物館学の専門書で、テクノロジーがどのように空間のキャンバスを変えてきたかという論文を書いているのですが、そこで触れたのはバーチャルリアリティ(VR)なんです。博物館の展示はもともと、オブジェがあってそれを並べて、来館者の体験としてはそれを決まった方向から見るというものでした。'70年代、'80年代になると、ミュージアムの中に時間軸を持った作品─つまり映像作品が加わって、それに合わせて展示方法や空間デザインも変わりました。コンピューターが入ってくると、この空間がインタラクティブになってさらに変化していきます。

  そして、次に加わってくるテクノロジーは何かというとVRかもしれないと。「RICOH THETA」で何気なく記録した360度映像を再生したときの、臨場感のすごさにハッとさせられました。距離感とか空気感とか、全部残せているんです。VRは、これまで不可能だった、空間体験を記録し、再現できる技術と言えます。このような技術によってそれに合わせて収集物も、エキシビションも変わっていくでしょう。

ジオ・コスモス

日本科学未来館の象徴でもあるジオ・コスモス。有機EL パネルを使った世界初の「地球ディスプレイ」。現在、気象衛星が観測したデータを始め、さまざまな科学データや統計データを使った展示が行われている。


—テクノロジーの変化によって、この先のミュージアムの役割はどうなっていくのでしょうか?

内田: ミュージアムの大切な役割に、100年単位でモノを残すということがあります。100年後の人々に何を残すか考えた時、単なる平面的な映像と音だけではない、VR的あるいは360度の映像と音像は有効です。そんな資料があれば、「100年後の人が2017年の東京で地下鉄に乗る」みたいな体験ができるかもしれません。それってロマンがあるじゃないですか。100年単位のタイムトリップ体験を本気で提供できる場所は、ミュージアムだけだと思うんです。

  ミュージアムの基本業務は、収集、保存、展示、教育で、四大ミッションと言われていますが、今重要なのは、収集と保存だと感じています。最近は8Kの再現力とかVRの没入感とか再生装置のほうが話題になりがちですが、まずは記録。そして、記録の精度を上げることが重要です。これは、2020年のオリンピックで絶対にやらなければならないと思います。東京オリンピックをまるごと記録するプロジェクトがあったら、すごく刺激的ですよね。そのアーカイブが、空間として記録された一番最初の歴史的な資料になったら、日本から未来に向けた最高のおもてなしだと思います。